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バランス

毎度のことですが。

毎度治らない気管支に、咳しすぎて首筋から肩が腫れて、首が曲がんなくなると同時に、握力が落ち。もともと持病の関係で左が10キロぐらいなのですが、右がそれより弱い感じに。なんだかいろいろボロボロです。

とにかく休まないと体力戻らないけれど、歌わないと筋力が落ちる。
声を出してないと不安だけれど、もう仕上げの段階の曲を、悪いコンディションで歌ってもほとんど意味がない。
薬飲まないと喉のコンディションが安定しないけれど、キツい薬なので副作用が心配とお医者。

かくもしょっちゅう体調不良だし、お稽古続くと体力切れるし。
仕事とお稽古でせいいっぱいで、会いたい人にもなかなか会えないし、行きたいコンサートにも行けない。
それでも、どんなに無理をしてでも歌っているのは、今しか歌えないから。

先日どうしてロッシーニが好きなの? と訊かれて、やったぶんだけ結果が返るから、と答えたのですが、練習する時間や体力がなかなかとれないからこそ、手応えがしっかり返ってくるのが好きなのかも。

私には理解できない言葉の一つに「がんばっている姿に感動とやる気をもらいました」的なのがあります。
若い/高齢だから、女性だから、障害者だから、同じ年齢だから etc.

……がんばってることに意味なんかないやん? 
……やりたいことがあるなら、がんばるのはあたりまえやん?

最近、障害者だと偽っていた作曲家…ですらなかった人のことが話題になりましたが、いまだ、私の周りの誰も、希少疾患だから、障害者だから、そのことを利用しよう、と言わないのがとても幸せだなと思いました。事実をやや拡大解釈した感動物語なら、いくらでも作れるネタがあるのにね。

ところで、私の気管支はエーラスのせいでとっても弱いのですが、声帯のコントロールがちょっと異常なのも、これは病気のおかげなのかもと思ったりします。痛みがあるせいで、随意筋の範囲が人より広いとかなんとか。異様な制御能力があるのは確かで。
ま、マルファンの超絶技巧バイオリニストがいたらしいので、エーラスの超絶技巧ソプラノがいてもいいかな〜と思うのですけれども。でも歌や声そのものが感動できるものでないとね。

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