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タイトル・ロール

10/31フィガロの結婚、チケットは残少です。たぶん。

バリトンにとって、フィガロ役というのは特別なものだそうで。確かに、メジャー作品のタイトル・ロール、かつ恋人役とずーっといちゃらぶできるバリトンやバスの役なんて……かなり思い当たりません。何となく、両方の女に絡むコンテのほうが出ている印象があったのですが、某リブレットサイトの歌っている率ではフィガロがダントツ。へえ。ということで、今回の公演の大部分は、タイトル・ロールのやる気と、主催者の下働きでできているわけです。

また、オペラの世界の人の中では、「大塚博章のフィガロ(バルトロじゃなくって)」っていうのが、興味ポイントであるそうで。ふうん。私は大塚さんだったらバルトロよりフィガロかコンテだし、レポレッロよりジョヴァンニだと思っているので、何の不思議もないのですが…。実際、とても原作のボーマルシェ的なフィガロだな、と。

フィガロという人は、実の両親のもとからさらわれ、やくざ者の中で育てられ、悪いこともしながら自分の才覚だけでのし上がってきた。才気煥発、魅力的で、自分に自信もある。けれど苗字はないし、身分もない。コンプレックスではないけれど、自分の置かれている立場に対する焦燥感や不満が自信の陰にちらちらとにじむような印象を受けます。
で、孤独な捨て子がようやく奥さんと家庭とを手に入れようとしているのに、浮気心と嫉妬を抱える伯爵に邪魔される。……でも、結局、両親も苗字も奥さんも家庭も、お金も、すべて手に入れることになり、人生が報われるのが3幕の六重唱。私は全幕であの場面が一番好き(出ないけど)。

ブッファ感一辺倒のフィガロもありだと思うけれど、単に貴族に対抗心を持つ平民(若者)ではなく、裸の個人としては伯爵をしのぐと納得させるフィガロ。それに対して身分のある者の品格や、権力ゆえの気まぐれや、ある意味子供っぽさのあるコンテ。階級の差について問題提起をするというような社会的テーマ性を持つのは私は好きでないけれど、誰にでも共感できる社会の不条理という意味では、こういう「ボーマルシェ的」構図も面白いのじゃないかしら。

コンテッサは、そういう男たちをある意味見透かしたようなちょっと突き抜けた感じと、コンテに対する純粋な愛情、ケルビーノやスザンナが可愛いと思う優しい気持ち、そういうものが胸の中では入り組んでいるのに、表に出すのはその6掛けぐらい。表情や動きではなくて、凛とした姿で納得させなきゃいけない役。何もかもスタイリッシュでフォトジェニックでなくてはいけないの……ですが。ちょっとロジーナちゃんの地が出ちゃうところがちらほら(^^;)

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