« 3/24ロッシーニのコンサート音源 | トップページ | ディノーラの最終回 »

アジリタの練習方法

3月のコンサートの後、「コロラトゥーラの練習方法」という質問をいただきました。

私はコロラトゥーラというのはドイツ系のテクニック、アジリタはイタリア系と使い分けています。3月はロッシーニだったのでアジリタのことだとして返答したのですが。

私の理解しているところでは…。

正しい発声でないアジリタはニセモノ。これはトリルを聞けば一瞬でわかります。

アジリタが歌えない人はレガートも歌えていない。2オクターブレガートで歌える声があれば、それが60の四分音符か、140の16分音符か関係ない。

レガートというのは、フレーズ中の音のポジションを変えないことです。ニセモノは一つ一つの音を「見て」音を付けにいっています。音を付けにいっている声は、確かに音程は正確に聞こえるし、鋭くて強くてなンかすごく聞こえるのですが、ふくよかさとか優美さがない。

それに、付けにいっているということはそれだけの時間がかかる。だから、ある程度の速さのアルベジョが歌えても、トリルは満足に響かないし、たぶんロッシーニの細かい装飾音(楽譜の指示通り入れたら)とか間に合わないです。Una voceですら、最後のターンがきっちり入ってるなと思う人は少ない(の前にほとんど歌ってない)。

ドレミファソをレガートに歌うというのは、ドからソまで歌える声の幅を用意して、一切何も変えずに、音程の意識(つまり声帯)だけを変化させること。ハッキリ言ってものすごく怖い。

声域が3オクターブあっても、完全にレガートで歌えるのはその中の一部です。ロッシーニは2オクターブは必要。私はちょっと声出し、というときは、F-Fの3オクターブか、調子よければC-Cの4オクターブかのアルベジョの往復(か、そのヴァリエーション)を歌い続けるようにしているのですが、全く変えずにぜんぶ歌うなんてまだまだ無理。

でもじゃ、ドレミファソのどの音が最適解となるポジションでレガートをスタートするか。基本的には最高音に合わせるのですが、フレーズの形によって違うこともあり、私は歌い込みというのはこれを決めるものだと思っています。

先生のところに行っていろいろアドバイスをいただくのも、だいたいここ。上のAとかBを中音域だと思えと言われるのもここ。でももちろん表現として「音を進める」ことはあって、変えないでも歌えると思うけどちょっと変えてごらんなさい、とか。…もちろん、そこは変えないでおきなさい、と言われるほうが圧倒的に多い。。私、余計なことをやりたがる癖があるので、ロッシーニぐらい縛りがあるほうが向いてるのかも…。

歌いながら音取りをすると、難しいところとか、やっぱり音を見に行きたくなって。たぶん弾いたり聞いたりして完全に音を把握してから声を出すほうが結果いいのかなと思ったりします。

ある時、とっても難しい部分の音が嵌らないという歌手がいらして、声域もあるしレガートもできてる、音もイメージできてる。でも正しい音を歌おうとして、跳躍でポジションが変わっている。これが余計で、ポジションを変えなければ音も嵌る。その方ももちろん百も承知なのですが、音嵌らないと焦るの…。でも、ものすごく怖いんですけど、歌えると信じて耐えきったら歌える。しかもすばらしく美しくいい声で歌える。ポジションを変えたらその音は取れる。でもフレーズは歌えない。行き止まりの道で、自由さはない。

ということで、アジリタの練習方法っていうのは特にないと思います。ロッシーニを歌うこと、かな。ロッシーニは正しい道を進まないと歌えないように書かれているので、楽譜自体が先生です。

ドイツ系のコロラトゥーラは、スタッカートが強いからポジションの変化に少しは寛容だし、あえてポジションを変えることを期待されている音もあります。でも、ほんとうは夜の女王のアリアだって、レガートに歌うべきだと思う。ロッシーニを詰めてやったことで、ディノーラのコロラトゥーラもだいぶレガートになってきた気がします。それで音が崩れても、行き止まりじゃなければ進めるはず。

…とか言いながら、コンテッサのレガートに悪戦苦闘しているのは、音符が暇すぎて何か変えたくなってしまうのかなあ。まだまだ忍耐が足りないようです。

|

« 3/24ロッシーニのコンサート音源 | トップページ | ディノーラの最終回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 3/24ロッシーニのコンサート音源 | トップページ | ディノーラの最終回 »