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清教徒の難しさ

落とし穴はどこにあったのか。

お稽古をはじめる時に、なぜ清教徒はこんなに上演されないのか、というので、きっとどこかに落とし穴があるに違いない、と言っていたのですが、暫定的結論。

まず主役4名が、まあ、やたらめったら難しいこと。特に、**でありながら**でなくてはならない、という守備範囲の広さ。これはたびたび言及してきたので割愛。

で、ちゃんと読むうちにわかってきたのが、ベッリーニ独特の和音の外し方。ピアノとも、他声とも、微妙にぶつかる音が多い。歌っていて「なんでこっち?」と思う音が、聞くとなぜか自然。なのでとても音が取りにくい。これは私だけかもしれないですが、ピアノで叩いていてもアンサンブルをやってみないと感覚のわからない音が多いです。

1幕フィナーレ、男声のカッコいいSoldati correteのところの、Ahi me!の上昇音型の音。私はずーっと間違って取っていたのですが、ここは短いAhiの音が和音の音、meの長い音が和音からズレた音で、居心地の悪さといったらないです。でもこの素っ頓狂な音がエルヴィーラが錯乱したということなのですよね。

かつ、アンサンブルにおける役割、内声とか外声とかが首尾一貫していないケースが多く、これも取るのに苦労する部分ではあります。

でもって。

はちゃめちゃな脚本による、場の解釈やキャラクターの整理の難しさ。ま、これはどうしようもないです。相当な部分を妄想力でカバーする必要があります。とにかく政治的な背景が見えてこない。アルトゥーロとエルヴィーラはなぜ結婚を許可されたのか。ヴァルトンとアルトゥーロの力関係。ジョルジョの立場。ジョルジョとリッカルドの関係。で、それとは徹頭徹尾無関係な、エルヴィーラの独特の……というかはっきり言ってメンヘラな思考パターン。

エルヴィーラは激しい感情が間歇的に出てくるのですが、これをベルカントの美しい嘘の中に入れるには、旋律が優美であるのと同じぐらい、演技の動きも優美でなくてはいけないと思っています。でも…土曜日のお稽古の映像はちと、"エロ"ヴィーラだったかも…。

演技については、今回、演出さんが私の体の不自由なことをご存じなので、安心してワガママ……いや、ご配慮いただいています。狂乱役が好きな、現実的な理由の1つは、あまり動かなくていい、ふらふらしていていいこと。私の場合、正しく立ったり正しく歩いたりするのに、とても力と意識を使います。なので、くったり、ふらふらしていていい、となると、その力を抜くだけなので、ごく簡単です。座ったら立てないとか、一人でじっと立っているのが難しいとか、そういうことは、キャストのみなさん……ま、役まわり的にはおじさまとアルトゥーロなのですが、リッカルドさんにも、思いっきり助けていただいています。ワガママなプリマドンナでほんとうに申し訳ない…。

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