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マイアベーアとワーグナー

よくわからないです。

先日、おじさま…じゃない、大塚博章さんの、ワーグナーのレクチャーコンサートに行ってきました。パンフレットに、「大きな人が大きな声で歌ってるイメージ」とあったのですが、そのままやん(笑)。大塚さんはもとより、メゾ(池田)さんもテノール(片寄)さんもすばらしい質量をお持ちで、声ってなんて力があるものなのだろうって、くらくらしましたが、すばらしかった。いいなあ、かっこいい。

私はワーグナーは歌ったことがなくて、そのうち1、2曲はアリアやってみたいなあと思うのですが、さっぱり手つかず。鑑賞のほうも、4時間とか5時間とか、無理。というわけで、私の知っているワーグナーは、吹奏楽ヴァージョンの「エルザの大聖堂への行列」だけ。

ちょっと面白い企画で、最初に指揮者とメゾさんの練習風景でポイントが紹介されたのですが、その中で指揮者さんが「初期のワーグナーはまだ、マイアベーアなどの影響が…」のようなことをおっしゃていて、どうしてここでマイアベーア?と、そこだけ耳がダンボ。でもさらーっと流れたっきり。そりゃ当然です。ワーグナーがお好きな方で、マイアベーアを聞いたことがあるとか、レアに違いないし。

ディノーラをやっていて、ドイツっぽいなあと思うところはあるのですが、どちらかというとヘンデルっぽい感じがします。(ヘンデル+ロッシーニ)÷2みたいな感じ。初期のワーグナーの例として、「さまよえるオランダ人」の三重唱を歌ってくださったのですが、マイアベーアとの類似点はよくわかりませんでした。コンサートの主旨であるワーグナーの中での様式感の変遷、は伝わってきたのですが。

ま、ヘンデル、ロッシーニ、(ドニゼッティ、ベッリーニ)、マイアベーア、ワーグナーと、この経路に絞っても、ぜんぶ歌う歌手はあまりいないです。だからこの変遷をレクチャーコンサートしようと思ったら大変ですね。特にヘンデル、ロッシーニ、ワーグナーは特別にそれが得意な人が歌うイメージがあります。フランスものもわりと別ジャンルだし、かわいそうなマイアベーア。

あ、マイアベーア(ほぼディノーラしか知らないけど)とワーグナー(その日聞いただけしか知らないけど)で、同じだなあと思ったのは、「シンボリズム」です。でその音楽的な表象としての「モティーフ」かな。イタリアベルカントにはそのあたりはない気がします。大衆向けですし。

哲学科の私はシンボリズムとはお友達ですが、歌い手としてはあまり踏み込みすぎても独善的になるので。研究者の方が何か書いてくださるといいなあ、ぐらいかな。

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