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開いている、ということ

ドラマティックとはどういうことか。

サロンコンサートのアンコールに、結婚手形のアリアを(私の大好きな猛スピードで)歌ったのですが、たぶん人生最高のアジリタの出来だったと思います。で、それがなぜかと考えていたのですが、今日清教徒のカバレッタのアジリタをやっていてわかりました。

あの日は最終プログラムがテルの二重唱で、以前にも書いたのですが、音量というか響きというかを限界まで出して……というのはつまり、体が完全に開ききったわけです(もちろん声量≠開き)。しかも一人でそんなことをしたらバランスを崩して喉とかいろいろおかしくなったかもしれないのですが、お手本というかガードレールに護られてる状態だったわけで、思い返しても舞い上がるようなすごい経験でした。

なので、それから数分後の結婚手形は、開いたところでのアジリタだった。で、体はそれを覚えているから、清教徒でもそういうアジリタができる。軽やかであることと開くことは矛盾しない(逆だと思い込んでいました)。むしろ、開いていないアジリタは正しくないし、逆にリスクが高い。

今まで曲の軽重というのは横隔膜のブレスの保持位置で、明暗は響きを集める位置で、それで音色が決まると思っていたのですが、「開いている」か「ふつう」か、そういう物差しがある。それは、リューよりトゥーランドットが好き、とある方に言ったときに、「開いている」のが好きなんだね。と言っていただいてなんだかすごく嬉しくて、ヒントだった気がしていたのですが、そのヒントの答えが見つかった気がします。

「開いている」というのは、つまり、幅が広い。「ドラマティック」な表現ができるということ。そして私はやっぱりリリコ・レッジェーロではなくて、ドラマティック・コロラトゥーラを指向しているのだということ。だから、清教徒とトゥーランドット姫を歌っても矛盾しないのだということ。

そういえば昨日、「トリルはどうやったらできるの?」と訊かれて、トリル入門の音型を何度か実演していたのですが、質問した人はできませんでしたし、私もどう言っていいのかわかりませんでした。今思うと、トリルのためには、少なくとも「2音の幅の声」が必要なのだと思います。

それにしても、私は最近、なんて沢山の贈り物を、共演してくださる方たちからいただいているのでしょう。……でも、何が「開いて」いて、どうやったら「開け」て、何の「幅が広い」のかなんて……訊かないでください。誰かうまく説明してくださらないかしら。

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