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ヴェルディの圧力

まず言葉の復習。アジリタとはアジリティ。コロラトゥーラとはカラフルにすること、フィオリトゥーラとは花で飾ること、ゴルゲッジョとはごてごてさせること。

レオノーラはリリコの役ですが、アジリタができないとお話になりません。でもそのアジリタというのは、レッジェーロのソプラノがやるフィオリトゥーラとは異なるものだそうで。

まず音の位置が一定であることが大前提で、腹筋の使い方が点ではなくて線。押さない抜かない跳ねない飛ばない。たとえばアミーナの2つ目のカバレッタなんかは、最高音とアクセントの部分以外はひゃらひゃらとくっつければいいのですが、レオノーラの1つ目のカバレッタは、下から上まで同じ圧力。ルーナ伯爵との二重唱の後半も同じで、跳ねない抜かない。音の跳びを吸収できるぶんの支えを持続する。

っと、いうことなのだそうです。だからヴェルディは疲れるのですね。レッジェーロのベルカントに慣れていると、副付点のある音符とか休符とか、アクセントも甘くなりがち。意識も足りなければ腹筋も足りてない。ヴェルディにはヴェルディの様式があるし、それはやっぱり教えていただかなくてはわからないもので。

あ……でも。確かにベッリーニのアミーナ(フィオリトゥーラ)とヴェルディのレオノーラ(アジリタ)は違うのだけれど、ロッシーニのセミラーミデ(ゴルゲッジョ)はどうなんだろう。アミーナのように抜いたりはしないけれど、もうちょっと音程に沿った動き方をする気がする……。いやむしろ、レッジェーロのフィオリトゥーラが、今の慣習でああいう歌い方が許容されているだけなのかも……。

人の言うことを気にするなとおっしゃる方もいるけれど、自分で自分の声が客観評価できるわけがないのだから、なんと言ってもらえるかというのは重要だと思っています。ハイソプラノだよね、レッジェーロでもいける、リリコ・レッジェーロでいい、リリコじゃないの?、ドランマティコだ、コントラルトかも。と、いろんな感想をいただく私の声。面白いのは、女声(一名除き)の感想はみんな自分の声種と同じだとおっしゃること。自分の声が本当に安定した時に、どうなっているのか自分で楽しみです。

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