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ジョバンニと3人の女たち、私見

昨日なにげなく地獄落ちの話を書いたのだけれど、今時点でのドン・ジョバンニという劇への見方をちょっと書いておこうと思う。明日になったら違うことを考えているだろう、ちょっとしたお遊び。やはりキリスト教に関する要素は外してみる。とりあえずは主人公ジョバンニを中心に…。

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まず、ドン・ジョバンニは何を象徴しているのか。間違いなく「若さ」だと思う。年齢設定が何歳でも、実際の役者がおぢさんでもそれは関係ない。「若さ」というのは、既存の価値観の否定であり、自分の心の赴くままに行動し、社会的責任を負わないことだ。行いが社会的に見て非道であろうとも、本人の中では意志を貫いており、その意味で無垢であり無邪気でもある。ケルビーノが大人になった姿、と言われるゆえんだと思う。そのあたり少しサドの著作を思い出す。

しかしこのオペラは彼の挫折から始まる。それはもちろん、アンナの父を殺したことだ。彼は騎士なのだから、殺したのが単なる従者や農夫なら、簡単に解決できたかもしれない。しかし彼が殺したのは騎士長。だから彼はそれを隠し、逃げ、ごまかすことになる。アンナが再び現われたときの彼の反応は普通すぎて意外なほどだ。なぜ隠すのか? 顕われれば社会から断罪を受けることを自覚しているから。殺したこと自体が問題なのではなく、社会から制約を受ける立場になったと、ジョバンニが認識したことが問題だ。

ドンナ・アンナは従って、社会的責任である「罪」の象徴。しかしアンナの性格やその後の葛藤、オッターヴィオとのあれこれは、ジョバンニの運命にはほとんど影響しない。そもそもアンナとの関係が同意だったのか未遂だったのか、そのことも重要ではないと思う。
ジョバンニを追い続けるドンナ・エルヴィーラは、「家庭」の象徴。彼女は誠実な夫に仕える貞淑な妻でありたかったのだろう。彼女が時にコミカルなのは、盲目の愛情でジョバンニにそのような夫であることを要求・期待しており、それは「若さ」とは相容れないから。
ツェルリーナは、ジョバンニにとって無責任な「快楽」の象徴。でも彼はツェルリーナを手に入れるのに2度も失敗する。「罪」と「家庭」に追われている男は、魅力が減っているのだ。

さて、終幕、挫折を経験した後も生き方を変えないジョバンニに二度手が差し伸べられる。「家庭」であるエルヴィーラは現実との妥協を勧める。しかし「家庭」の手を取った時点で「若さ」は失われるのだから、そんなことができるはずがない(このあたり、ジュリーニ指揮版のようにジョバンニ→アルマヴィーヴァ伯爵、エルヴィーラ→夫人というキャストのシフトは面白い)。騎士長の亡霊である石像は「罪」への赦しとして現われる(決して、石像が地獄に誘うわけではない)。けれどそれは社会の規範を受け入れるということであり、やはり「若さ」とは相容れない。

ここで昨日の話に戻る。「若さ」が完全でなくなった時、ジョバンニは死に、消える。こう考えてくると、それは当たり前のように思う。私が台本作家でも殺している。あるいは、「社会」から離れ、「罪」と「家庭」から逃れて居直って、どこかでまた女のコを口説いているのかもしれないけれど。それでもいずれ「若さ」は凋落し、孤高の意志は挫かれる。それは彼が命に限りのある人間だから。だったら輝きを纏ったまま死んでいただくほうが作品としては美しい。幻想小説ならそのあたりぼやかして終わってしまうところ。

……自分が台本作家なら、でちょっと思った。私ならジョバンニの最期、レポレッロに殺させる。でもそんな重い話、オペラにならないな。

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コメント

ふふふ、なかなか面白いご意見ですな。
自分が今オッターヴィオやってるにもかかわらず、
アンナの激しさにはイマイチついていけず、
かといってツェルリーナの軽さには興味が持てず、
何故かエルヴィーラに肩入れしてしまうのは、
ワタシが家庭的な女性が好きってことになるのかな。

投稿: くわにしも | 2010/08/25 03:06

くわにしもさん、こんにちは。ご無沙汰しております。
くわにしもさんのオッターヴィオ、ちょっと想像つかないです〜。どんな感じなのかしら。

私も激しいアンナは好きじゃないかも。私がやるなら風にも堪えない超箱入り娘で、アリアもしらじらしく、さらっと歌いたいなあ。ツェルリーナをやるなら、小悪魔でもおっとりでも、ジョバンニ相手に負けないぐらいしたたかでありたいかな。でもって、肩入れしていただけるようなエルヴィーラになるようがんばります〜。

投稿: TAMAKI | 2010/08/25 07:16

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