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不思議な清教徒

一ヶ月後に変わる決意なんて決意とは言わない。これから何度も聞くであろう言葉には、答えを用意しておこう。そうしたら迷わずにすむもの。

明後日までにSelva Opacaを暗譜して解釈つけなければいけないのに、夕方眠ってしまった後は声が壊滅。何を歌ってもしっくりこない。ということで最終兵器の清教徒。どんな悪い時でも、どんなふうに発声を変えていても、不思議に安定して歌えるのはなぜかしらん。アクートの頭声も(ドンナなしの)エルヴィーラならちゃんと後ろに抜けている気がする…。じゃそのままマティルデを歌ったらいいかというとそういうわけでもなく。エルヴィーラは優しい甘い声でいいけれど、マティルデは違う。それでも頭声以外はマティルデにぴったりな声で歌える。タンクレディやウルリカなら頭声にする必要もない。……まったくもって、自分で自分がわからないのに、すべてのアリアに恋を語っているケルビーノちゃん状態。彼はドン・ジョバンニになるのか? なれたらいいなあ。最後地獄に堕ちるのはやだけど。

ジョバンニの地獄落ちは本来、キリスト教的、カソリック的文脈で捉えるべき(エルヴィーラの元キャラは修道女だし)なのだけれど、私たちはあえてそこに踏み込まず、単に不意の死と捉えてもいいかもしれない。女性と酒と、人間を讃えて、徹底的に倫理や宗教とは無縁なリアリストとして生きるジョバンニは花火のように魅力的だ。「だから」彼は死ぬ。彼は単に無垢なのかもしれないけれど、わかっていてそうしたという解釈なら、彼は人間の老い(肉体と魂の)という宿命に対する「アンチ・テーゼ」だ。天上を知らないメフィストフェレだ。妥協することが許されない存在であればこそ、死ぬしかない。だからエルヴィーラはその一瞬の思い出にすべてを捧げてしまうのだと思う。たぶん彼女は幸福だろう。反芻してもし足りない、輝きと屈辱があるのだもの。

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