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mortalだということ

一昨日のお昼。何がそんなに悲しかったのか、そもそも悲しかったのかどうか。クールダウンしてから考えると単なる情緒不安定だったような気がするのだけれど、たまには泣くことも自分に許してよいかなと。
やっぱり今から考えると、もっと綺麗で軽やかなやり方もあったと思うのだけれど仕方ない。結果として、私は嬉しかったのだし、それはとても幸せなこと。

この病気の一番怖いところは、不確実性。何をやるにも高リスク、ハイボラティリティになるところ。踏み出した足が支えられるか、受け取った手が落とさないか、週末に外出できる状態なのか、半年後舞台に立てる体でいられるのか。何もかもが不確実なところ。保守的な運用をしているつもりでも、当の本人もリスク許容度が計算できない。サブプライムローンの証券化のように、どこかでごまかして危険なものになっている可能性もある。

でも怖がっていても仕方がない。健康な人だって一瞬後にどうなるかはわからない。人間はmortalな存在だもの。私は不良学生もいいところだったけれど、哲学宗教学を勉強して、それだけは自分の財産になっていると思う。エルヴィーラはアリアのレチタティーヴォでそこに気がつく。その後のまなざしはどのようなものだろう。

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