« 目覚まし猫たち | トップページ | がーちゃんの運動会 »

麗しい光が~Bel raggio lusinghier

今年唯一の舞台で歌うロッシーニのオペラ「セミラーミデ」タイトルロールのセミラーミデの「麗しい光が」は、またもやヤヤコシイ筋書きの中にあるアリアです。
セミラーミデは、バビロンの空中庭園を作らせたと伝えられた、才色兼備・贅沢好きで好色でかつ残虐非道という女王セミラミスのこと。
劇中でも、セミラーミデは亡き夫の後を継いで女王になっています。アリアはセミラーミデが国内外の情勢が危ない時、愛する若い将軍アルサーチェが帰ってくるという報せを聞いて、安心し、喜ぶ、というものです。
セミラーミデはアルサーチェと結婚しようとしていますが、アルサーチェには別に恋人がおり、彼はそれを迷惑がっています。さらに劇が進むとアルサーチェがセミラーミデと亡き王の子供であることがわかり、彼は亡霊の王から自分を殺した者への復讐を依頼されます。そしてそれは母、セミラーミデ自身なのです。アルサーチェは母を赦し母子は和解しますが、結局不幸な事故で子は母を殺すことになります。アルサーチェは自殺しようとしますが止められて、新王として即位します。
実子アルサーチェが将軍になる歳ということなので、セミラーミデは若くても30代後半、おそらく40代。息子ほど年下の男を頼って、誘惑するところに、衰え始めた美しい女王の悲哀が滲み、どことなく昔読んだエカテリーナを彷彿とさせます。しかしセミラーミデ自身は若い時と同じような気持ちでうきうきわくわくドキドキしているわけで、そこには権勢に満ちた女王の顔はあまりありません。
「麗しい光が」は、コロラトゥーラの技巧がたっぷり詰まった曲ですがあまり高音にはいかず、かなり低い音域を聞かせるところもあります。おそらく最近この曲がよく歌われるようなあまり細く軽い声種ではなくて、深いドラマティコの声でむらのないアジリタの技巧を聞かせるための役ではないかと思います(実際、初演の歌手は盛りを過ぎたころのコルブランだそうです)。
曲の解釈には別に難しさはありません。最初から最後まで、これで不安はない、嬉しい!とちょっとスピード違反なぐらいつんのめった激情家の女王様です。前半のピアノにできるところをうっかりフォルテで歌ってしまわなければ、伴奏のないところで入りのタイミングを無視しなければよいだけです(忘れなければね・苦笑)。
音型そのものも特に難しいというわけではなく、アジリタの教本をやっているようですが、その中にメリハリをつけてロッシーニ的リズムとアクセントを刻むのが大変です。アリアの最初はレシタティーヴォとして、アルベジョに乗るところからのカバティーナは囁きながら隠し切れないようにうきうきと高揚して、カバレッタとヴァリエーションは軽やかに歌ってもどんどん下がっていく音型が十分女王様らしさを出してくれます。ただし下の音を押してしまっては声が下がって疲れるし、捨てすぎてはロッシーニ感が台無し。ロックバンドのエレキギターのソロのように各音を均等に、グルーヴ感を保って駆け抜けるような感じ。さて、最近サボりがちな筋肉が言うことをきいてくれるかどうか…(笑)。

|

« 目覚まし猫たち | トップページ | がーちゃんの運動会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 目覚まし猫たち | トップページ | がーちゃんの運動会 »