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課題

いろいろ大変なことがわかりきっていても、歌うべき役や曲があるというのはやる気が出る。多少の矜持はあるし、容易でないぶんだけ気力が湧く。多少の体調不良を押しても練習しようと思えるし、置かれている状況から気分的に逃避もできる。しびれの取れない手には分厚い楽譜が鉄亜鈴のように重いし、時々ページも捲り損ねるけれど、大丈夫なくらい覚えればいいだけ。何より、体調管理のハードルが上がる。いいこと。

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抒情的散文(本番)

気力と体力を削られる、特にMPをごっそり持っていかれるような曲で、どちらかというと集中力が切れることを心配していたのですが、リハからの待ち時間で、体力のほうが先にヤバくなった本番でした。7割ぐらいで調整して纏めましたが、完全燃焼にならない感じ。

次の歌曲は、冬にデュパルクのお試しと、ビゼーを少し歌う予定です。

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抒情的散文

コロナ禍真っ最中、再燃待ったなし、という世の中ですが、8月の勉強会に向けてドビュッシー「抒情的散文」を練習しています。

ドビュッシーは初期のヴァニエもの22曲の他、中期のビリティスの歌もやったので、ドビュッシーの音楽的様式は馴染んでいます。が、この曲集は詩を書いたのもドビュッシー。その長所は詩と音楽がぴったりしているということで、短所は詩人がへっぽこだということです。

ドビュッシーと詩人という点では、バンヴィルの詩に対するドビュッシーは割と素直に寄り添えている気がしますが、ゴーティエの詩に対しては共感や理解の不足を感じます。

抒情的散文は「夢」「砂浜」「花」「夕べ」の4曲です。どれも耽美調ではあるのですが、「夢」と「花」はゴスロリ、「砂浜」と「夕べ」は姫ロリの世界です。

「夢」の中で夢を見ているのは年老いた木々ですが、そこに立っているのは最後にしか出てこない「私」です。夢は過去につながり、前半が貴婦人たち、後半が騎士たち、中世の情景は常に現在の視点から、滅びさったものへの追慕のように描かれます。

「砂浜」は足元ではなく、砂浜から眺める海の情景です。少女のようにさざめく波は、突然の嵐に慌てますが、優しい月に守られ、眠ります。全体的に、絵本や幼稚園のお遊戯会のような感じ。

「花」は、閉じ込められた温室でガラス窓からの光に痛めつけられる存在として描かれます。陽の光を遮る優しい手を渇望するのですが、それは得られず、苦しみ、疲れ果てていきます。解釈はいろいろできるのですが、庇護者がいた子供時代から、大人の世界に入った時というのが一番しっくり来ると思います。

「夕べ」は、変化するものとして列車が、変化しないものとして教会が、そしてその時間の流れの中で様々な日曜日が点描されます。少女たちの塔遊び、郊外に出かける満員電車、チカチカする信号機(ハイテク感)、詩人は過去の日曜日を追憶しながら、新しい情景を少し羨ましく、変化を心配げに眺め、聖母に祈りを捧げます。

音楽的には、「夢」は夜と貴婦人を表す一つ目のテーマと、騎士を表す二つ目のテーマが溶け合って「私の夢」という落ちがついていくので、たゆとうような音楽と、勇壮でスケール感のある音楽の差がポイントで、二つ目のテーマは少しドイツ的に歌うほうが合っています。

「砂浜」は、夕暮れの海とさざめく波、嵐と波に吹き付ける風、穏やかな月の出と静かな教会の鐘、という2×3部分に分かれているので、それぞれを絵本的に表現すれば起承転結になります。

「花」は、苦悩と望みを描く最初の静かな部分、打ち破ることができないもがきを表すドラマティックな部分、絶望と諦めに満ちた最後の祈りのような部分です。感情が高まっていくところはアリア的で、歌うのがちょっと大変ですが、この曲の一番のポイントは、チラチラと出てくる、さりげない一瞬の長調(3回)ではないかなと思います。

「夕べ」は、前半はあまり詩人の感傷に付き合わず、ピアノと一緒に旅番組のテーマ曲になりそうなウキウキワクワク感を描くほうが、後半の静かな情景との対比ができてよいと思います。

四曲を通して感じるのは、過去、子供だったころへの憧憬です。声楽的にはいろいろな表現や声の色が求められるので大変ですが、ふわっとぼわっとしたところをニュートラルの位置として、そこからドラマティックだったりコケティッシュだったり澄んだ表現だったりを8割くらいで作るのが全体のまとまりがよいのではないかなと思っています。

表現という点では自分に合ったレパートリーだし、私の声のヴェラータな(覆われた)ところは合っていると思うのですが、鈍い金属のような暗さと冷たさは全曲通すとちょっと邪魔だなと思うことがあり、特に「夕べ」はちょっとまだ違和感があります。今のところ一番歌いやすいのは「夢」で一番好きなのは「花」です。曲の成立順を考えると、無理に四曲をこの順番で通さなくてもいいかもしれない、とちょっと考え中です。

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遠隔合成「ウィリアム・テル」4幕フィナーレ

それぞれが家で演奏して、それを合成してアンサンブルにするというのが流行っているようで、本来の本番日だった昨日、うちもやってみました。

久しぶりにFinal Cut Pro(Xではない)を引っ張り出して、いつもならYoutubeに流すだけなのを、若干編集かけてみました。

一番大変だったのは、入りのタイミングを合わせること。リズム音痴&反応速度激遅な私にはけっこうきつい。派形で合わせようとしても、立ち上がりの発声は子音によって違うし、人によっても違うし。てきとーに合わせた後、耳で調整するしかない。

自分が歌う時も、アンサンブルでやっている時の、「予兆」みたいなものがない。ブレスの音とか、雰囲気とか、もう何かよくわからない直感とか、そういうもので細かく合わせているので、音が鳴ったのを聞いてから合わせる、だと遅れてしまう。ピアノを先に録音してもらったので、何回か練習して、まあ多少ズレてもいいやいちおうフランスものだし、ということに。

あとは音量の調整。みんな録音環境が違うので、全体の波形を見て、アンサンブルの時にいい感じになるように調整する。派形上音量が大きくても、よく聞こえるのとは違う。そこを調整するから、生で聞こえるバランスとは違う。といっても経験ないので直感だけれど。

なぜ私のパートが猫(リオさん)かというと。撮った時はできるかどうかわからない、まだお試し、という感じだったのと、最近引きこもりすぎて、お化粧してパリッとする気力がなかったからです。リオさんのほうが100倍可愛いし、嫌そうなのも可愛いし。

録音の時は、高音は細くとらないと音が割れてしまうことが多かったので今回もそうしたのですが、買い換えたばかりのiPadは結構頑張ってくれたので、いらなかったかなあ。細くとるというのは音量を小さくするということではないので、細いままクレシェンドもできます。

今回ジェミ役の中畑さんは、リリックなものをよく歌われるソプラノで、お会いするまでは声ちょっと被るかなあと思っていたのですが、録音で聞くとはっきり声質が違うのがよくわかりました。でもどっちが軽い?っていうと微妙。自分の声のほうが、声は重くて響きは軽く感じる。テルのお稽古が再開したら、一回横で歌わせてもらおう。

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公演延期 ウィリアム・テル

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4/12のセレンディピティ・オペラ主催「ウィリアム・テル」は、昨今の情勢を鑑み、日程未定の延期とさせていただきます。

 

なお、流動的ではありますが、本番日のライブ配信または録画配信を計画しております。可能な場合はこのページでご案内させていただきます。

 

チケットの取り扱いは以下の通りです。

・延期公演のチケットと交換いただけます。

・延期公演にご来場できない場合、払い戻しいたします。

・払い戻し期限は、延期公演開催後1ヶ月とさせていただきます。

 延期公演が行えなかった場合は、2021年末まで受け付けます。

・払い戻しのご相談は serendipityopera@gmail.com までご連絡ください。

 チケット返送後、お振込にて対応させていただきます。

 

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テルのマティルド

英:ウィリアム・テル
仏:ギョーム・テル
伊:グリエルモ・テル
独:ヴィルヘルム・テル

ということで、今月からテルの稽古が始まるので、マティルドの練習を始めています。マティルドはオペラではハプスブルグ家の皇女ということになっていますが、シラーの原作ではベルタというキャラで、単なる高位貴族令嬢で、片思いされる相手も下位貴族で、オペラみたいに超絶身分違いというわけではありません。原作ではベルタのほうが庶民派で、相手のルーデンツは、地元貴族で庶民派の家柄だけれど皇帝にすり寄ることでベルタを得ようとしている貴族派。マティルドはベルタのように行動的ではなく、相手のアルノールは平民の兵士。

歌う曲は4箇所で、テルの息子のジェミ(ソプラノ)や妻エドヴィージュ(メゾ)のほうが歌う量はたくさん。

・2幕のアリア暗い森〜二重唱:片思い→両思い
・3幕のアリア:恋のあきらめ
・3幕のアンサンブル〜フィナーレ:ジェミの救出〜反乱軍に混じって応援
・4幕の三重唱・二重唱・フィナーレ:ジェミをエドヴィージュに返し後見、テルの無事を祈り、大団円

2幕の「暗い森」はロッシーニのレガートものの中では指折りの傑作アリア。とにかくブレスのコントロールと、フランスものらしくあっさり歌うこと。
続く二重唱も急緩急の美しく勇ましい大傑作。緩の部分はレガートラインと、しっかりテノールの弱高音を支えること。急の部分は、めくるめく感いっぱいなのを二人で息を合わせて表現するのが楽しい、でもスタミナ勝負。

3幕はアジリタものとレガートものの中間で、別れの嘆きと希望を持ち続ける明るさのコントラストがとても美しいアリア。アジリタの部分はロッシーニのアジリタというより、ベッリーニのアジリタのような感じで、レガートラインにうまく乗せていく感じ。

3幕のアンサンブルはなぜか突然モーツァルトのような感じで、特にジェミを救出するところは、高低も激しく、縦線が効いていて、どうしてもドン・ジョヴァンニのドンナ・エルヴィーラを思い出してしまう。ゲスレルも同じ旋律を歌うので、ドイツ風、という意味なのかも。

3幕のフィナーレはロッシーニらしいストレッタと、今回は差替えで序曲テーマのもの。4幕フィナーレと被るところはあるけれど、アーナテームゲースレーよりはカッコいいかな。

4幕は女声の三重唱で、上に行ったり下に行ったり、でも美しい。初演からもカットされた曲だけれど、戦争のシーンは裏で、待つ女たちが描かれるのは素敵だと思う。その後の二重唱はテルを心配するエドヴィージュがメインで、マティルドはこっそりアルノールと重ねてテルを心配する。その後はテルがゲスレルを殺す場面で、これはテル一家で描かれる。マティルドは合流したアルノールに、身分を捨てて共に生きることを宣言する。最後は美しいアルプスの夜明けの場面で終わる。この場面にマティルドがいない版もある。

マティルドの性格は、高貴で決然とした皇女らしい人。年齢も20代半ばよりは後のイメージ(嫁き遅れ感あるけど)。でも宮廷では自分の幸せを見いだせず孤独を感じている。アルノールとは湖で溺れかけたのを助けてくれたのが縁で相思相愛になった。アルノールはテノールらしく、優柔不断なところがあり、非常にファザコン。依存心の強いタイプなので、決断力のあるマティルドとはいいカップルなのかも。政治的には3幕のアリアまでは対立する陣営で、ゲスレル対マティルド以降はテル側に着くのだけれど、そこの決意は描かれない。3幕の三重唱の後、私がここにいることがテルの命の保証となる、つまり自ら人質になりにきた、と言っている。が、初演はここもカットだったはずで、フィナーレにも出なかったので、アルノールとマティルドの話は結論が出ていない。とはいえ、マティルドがハプルブルグ家の皇女という設定なら、ゲスレルとももっと政治的に相対できたはずなのに、同格未満のやりとりになっているし、自ら人質になりにくるという消極的な関与や、最後は身分を捨てるというのではなく、もっとできることあるでしょ、という感じがするので、テル一家の物語であることが強調された初演版などど、校訂譜版だと、納得感は似たり寄ったり。でも役の格として明らかにプリマなマティルドが最後出ないというのは、観劇として〆らないのも事実。

初演のマティルドはフランス人のサンティ=ダモローで、パリのイタリア劇場、ロッシーニのフランスものを多く初演。エリザベッタのマティルデ、ランスではフォルヴィル(つまりセコンダ。といってもプリマはパスタ夫人とかだから仕方ない)、その後オペラ座でテルのマティルド、コリントなどのプリマ、あとマイアベーアのディアボロでイザベル。その後オペラコミークに移った(といっても当時のオペラコミークのレベルはむちゃくちゃ高い)。綺麗な声で美しいレガートラインと癖のないアジリタを歌うタイプで、そんなにハイソプラノではなく、ちょっと低めでも大丈夫な感じ。外連味のあるコルブランやパスタ夫人のために書かれたものより上品な感じ。ドラマティコよりはリリック・コロラトゥーラだったのかな。

マティルドの演奏では、フランス語版ではモンセラ・カバリエが、イタリア語版ではシェリル・スチューダーが好き。カバリエは上品で、少し線が細いけれど、上から吊ったようなアジリタが綺麗。スチューダーはリリックとドラマティックのバランスがドイツ人の皇女らしい。

まだまだ、歌っていてなかなか納得いく出来にならないけれど、がんばらなくちゃ。

テルが終わったら、ディノーラ(影の歌)とサフォー(竪琴)とル・シッド(泣け)を同日に歌うという試練も待ってる。歯を壊している間に、体の支えが弱くなっているので、サフォーが歌える大きさをめざして作り直し。そしたらマティルドもうまくいく、と思う。

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叙情的散文

ドビュッシー作曲「叙情的散文」の歌詞を書いたのもドビュッシー。そしてこれは詩ではない。叙情的であるが散文である。

四曲を通して、詩としての緊密な構成やまとまりはみられない。どちらかというと連想による言葉のつらなり。

1 夢

夜、月の下、木々の下で彼は夢見る。女の優しさを持つ夜は秋だろう。木は枯れた月桂樹である。木は葉を持たず、そよ風にも答える術をもたない。かつてはさまざまな女が集い、その葉は乙女が騎士に捧げる冠であったのに、今は物語の外にある。

2  砂浜

夕暮れ、海岸に立って海を眺める。突然雲が湧いてにわか雨が降り海面がざわめく。雨はあがり月が現れる。教会から鐘の音が響いてくる。「イギリスの水彩画」すなわちターナーの絵画のような光景。少女たちのようにざわめく波は楽しげだが、視点は遠く、岸辺から眺めている。

3  花

これは完全な心象風景。温室に咲く菖蒲の花は女、百合の花は男。女の水の中に沈んで男は太陽に照らされない病人のようになる。太陽はその光で夢や幻想を打ち砕く。太陽は二義的である。外界から閉じこもったところで幻想に生きている男が、窓ガラスを壊せと叫ぶ時、その結果はどうなるだろう? 外の空気に、遮るもののない光に耐えられるだろうか? 叫んだ後に男は我にかえる。温室の中が理想郷でなく、外にも耐えられぬことを悟って、祈り泣きながら身を竦めている。

4  夕暮れ

前段の騒がしい日曜日、少女たちが果てもなく遊びにふけり、汽車に乗って郊外に人々が繰り出す光景はすべて過去の思い出。幸せな少女たちの喧騒を遠く眺めながら、聖母に慈悲を祈る視点は、やはり遠い夕暮れの中にある。

大雑把に、夢と花は彼自身を、砂浜と夕暮れは彼が眺める世界を描いている。少女は肯定の対象であり、女に対しては二律背反している。月は優しく、太陽は厳しい。眺める世界には教会や聖母が安寧のモチーフとして現れるが、心象風景では聖杯や聖なるパンは救いをもたらすものとなっていないのは興味深い。

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歯無しの話

数年前に差し歯な前歯の根っこが折れて、抜いてくっつけて戻すというのをやってもらったのですが、やっぱりダメなものはだめで、でも痛みはなくて、変な味がする、と訴え続けていたところ、結局は歯を支えている骨が半分溶けていた、という恐ろしい話。

こんどこそ歯を抜いてもらってただいま仮歯。骨を再建してから、インプラントにできるか検討することに。

最初に折れたときに抜かなかったのは、響きが変わるのが嫌だったからだけれど、こうなってはどうしようもない。

実際抜いてみて思ったのは、私の声はもともとヴェラータ(ヴェールに覆われたような声)なので、あんまり変わらなかった。それよりも仮歯が替わるたびに息の抜け方が変わるので、子音を調整するのが大変。というかちょうど本番が少ない時期なのでよかった。

とはいえ、骨が溶けている間、口から喉が荒れ放題だったので、突然歌うことになったボランティア演奏は。声がちょっとイマイチだったのが残念。

口腔の問題はさておき、それ以外の部分ではたぶん今が一番充実した声じゃないかと思う。コンディションが悪くても、サフォーもディノーラも歌えるし、低音が調整できないことも減った。高音やアジリタは変わらないし、歌曲漬けのおかげで、フランス語の捌きも、レガートも自信がもてるようになってきた。

心配なのは暗譜力が激しく低下してるぐらいかな。

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秋以降の課題

秋以降の課題は、フランス歌曲が「叙情的散文」。ドビュッシー自身が作詞した曲で、ビリティスほど語り中心ではないけれど、実験的な要素の強い作品。オペラはもちろん「ギョーム・テル」マティルド役。あとアリアが「サフォー」「ディノーラ」「ル・シッド」。

フランスものを歌うことは多いけれど、イタリアものを挟まないのは珍しい。

サフォーとディノーラは、自分でアールリリック初演した作品だけれど、アリアだけだとメゾでリリックなサフォー「おお私の不滅の竪琴よ」(役全体だと+ドラマティック)、ハイソプラノでレジェのディノーラ「影の歌」(役全体だとリリック・コロラトゥーラ)、メゾでドラマティックなル・シッド「泣け我が瞳よ」。これを一晩で歌うのはなかなか、ちゃんと調整しないとたいへん。お世話になっている村田健司先生のフランスオペラアリア名曲集ソプラノ2の出版記念コンサートらしいので、がんばらなくては。なぜ2曲もメゾの曲が入っているのは謎だけれど、ドラマティック・ソプラノがレパートリーにしても(特にアリアだけなら)いい曲。レジーヌ・クレスパン様が竪琴を歌っている録音は、やっぱりちょっとソプラノっぽく聞こえるけれど、繊細さがあっていい感じ。私もあんまり重くしないようにしてみよう。ディノラはいつもhigh-Fisのヴァリエーションを歌うのだけれど、今回は出版されたものにする予定。ル・シッドは初めて歌う曲だけれど、ドラマティックで暗いので、声にはあっているかも。

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ウィリアム・テル2020

決まりました

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