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テルのマティルド

英:ウィリアム・テル
仏:ギョーム・テル
伊:グリエルモ・テル
独:ヴィルヘルム・テル

ということで、今月からテルの稽古が始まるので、マティルドの練習を始めています。マティルドはオペラではハプスブルグ家の皇女ということになっていますが、シラーの原作ではベルタというキャラで、単なる高位貴族令嬢で、片思いされる相手も下位貴族で、オペラみたいに超絶身分違いというわけではありません。原作ではベルタのほうが庶民派で、相手のルーデンツは、地元貴族で庶民派の家柄だけれど皇帝にすり寄ることでベルタを得ようとしている貴族派。マティルドはベルタのように行動的ではなく、相手のアルノールは平民の兵士。

歌う曲は4箇所で、テルの息子のジェミ(ソプラノ)や妻エドヴィージュ(メゾ)のほうが歌う量はたくさん。

・2幕のアリア暗い森〜二重唱:片思い→両思い
・3幕のアリア:恋のあきらめ
・3幕のアンサンブル〜フィナーレ:ジェミの救出〜反乱軍に混じって応援
・4幕の三重唱・二重唱・フィナーレ:ジェミをエドヴィージュに返し後見、テルの無事を祈り、大団円

2幕の「暗い森」はロッシーニのレガートものの中では指折りの傑作アリア。とにかくブレスのコントロールと、フランスものらしくあっさり歌うこと。
続く二重唱も急緩急の美しく勇ましい大傑作。緩の部分はレガートラインと、しっかりテノールの弱高音を支えること。急の部分は、めくるめく感いっぱいなのを二人で息を合わせて表現するのが楽しい、でもスタミナ勝負。

3幕はアジリタものとレガートものの中間で、別れの嘆きと希望を持ち続ける明るさのコントラストがとても美しいアリア。アジリタの部分はロッシーニのアジリタというより、ベッリーニのアジリタのような感じで、レガートラインにうまく乗せていく感じ。

3幕のアンサンブルはなぜか突然モーツァルトのような感じで、特にジェミを救出するところは、高低も激しく、縦線が効いていて、どうしてもドン・ジョヴァンニのドンナ・エルヴィーラを思い出してしまう。ゲスレルも同じ旋律を歌うので、ドイツ風、という意味なのかも。

3幕のフィナーレはロッシーニらしいストレッタと、今回は差替えで序曲テーマのもの。4幕フィナーレと被るところはあるけれど、アーナテームゲースレーよりはカッコいいかな。

4幕は女声の三重唱で、上に行ったり下に行ったり、でも美しい。初演からもカットされた曲だけれど、戦争のシーンは裏で、待つ女たちが描かれるのは素敵だと思う。その後の二重唱はテルを心配するエドヴィージュがメインで、マティルドはこっそりアルノールと重ねてテルを心配する。その後はテルがゲスレルを殺す場面で、これはテル一家で描かれる。マティルドは合流したアルノールに、身分を捨てて共に生きることを宣言する。最後は美しいアルプスの夜明けの場面で終わる。この場面にマティルドがいない版もある。

マティルドの性格は、高貴で決然とした皇女らしい人。年齢も20代半ばよりは後のイメージ(嫁き遅れ感あるけど)。でも宮廷では自分の幸せを見いだせず孤独を感じている。アルノールとは湖で溺れかけたのを助けてくれたのが縁で相思相愛になった。アルノールはテノールらしく、優柔不断なところがあり、非常にファザコン。依存心の強いタイプなので、決断力のあるマティルドとはいいカップルなのかも。政治的には3幕のアリアまでは対立する陣営で、ゲスレル対マティルド以降はテル側に着くのだけれど、そこの決意は描かれない。3幕の三重唱の後、私がここにいることがテルの命の保証となる、つまり自ら人質になりにきた、と言っている。が、初演はここもカットだったはずで、フィナーレにも出なかったので、アルノールとマティルドの話は結論が出ていない。とはいえ、マティルドがハプルブルグ家の皇女という設定なら、ゲスレルとももっと政治的に相対できたはずなのに、同格未満のやりとりになっているし、自ら人質になりにくるという消極的な関与や、最後は身分を捨てるというのではなく、もっとできることあるでしょ、という感じがするので、テル一家の物語であることが強調された初演版などど、校訂譜版だと、納得感は似たり寄ったり。でも役の格として明らかにプリマなマティルドが最後出ないというのは、観劇として〆らないのも事実。

初演のマティルドはフランス人のサンティ=ダモローで、パリのイタリア劇場、ロッシーニのフランスものを多く初演。エリザベッタのマティルデ、ランスではフォルヴィル(つまりセコンダ。といってもプリマはパスタ夫人とかだから仕方ない)、その後オペラ座でテルのマティルド、コリントなどのプリマ、あとマイアベーアのディアボロでイザベル。その後オペラコミークに移った(といっても当時のオペラコミークのレベルはむちゃくちゃ高い)。綺麗な声で美しいレガートラインと癖のないアジリタを歌うタイプで、そんなにハイソプラノではなく、ちょっと低めでも大丈夫な感じ。外連味のあるコルブランやパスタ夫人のために書かれたものより上品な感じ。ドラマティコよりはリリック・コロラトゥーラだったのかな。

マティルドの演奏では、フランス語版ではモンセラ・カバリエが、イタリア語版ではシェリル・スチューダーが好き。カバリエは上品で、少し線が細いけれど、上から吊ったようなアジリタが綺麗。スチューダーはリリックとドラマティックのバランスがドイツ人の皇女らしい。

まだまだ、歌っていてなかなか納得いく出来にならないけれど、がんばらなくちゃ。

テルが終わったら、ディノーラ(影の歌)とサフォー(竪琴)とル・シッド(泣け)を同日に歌うという試練も待ってる。歯を壊している間に、体の支えが弱くなっているので、サフォーが歌える大きさをめざして作り直し。そしたらマティルドもうまくいく、と思う。

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叙情的散文

ドビュッシー作曲「叙情的散文」の歌詞を書いたのもドビュッシー。そしてこれは詩ではない。叙情的であるが散文である。

四曲を通して、詩としての緊密な構成やまとまりはみられない。どちらかというと連想による言葉のつらなり。

1 夢

夜、月の下、木々の下で彼は夢見る。女の優しさを持つ夜は秋だろう。木は枯れた月桂樹である。木は葉を持たず、そよ風にも答える術をもたない。かつてはさまざまな女が集い、その葉は乙女が騎士に捧げる冠であったのに、今は物語の外にある。

2  砂浜

夕暮れ、海岸に立って海を眺める。突然雲が湧いてにわか雨が降り海面がざわめく。雨はあがり月が現れる。教会から鐘の音が響いてくる。「イギリスの水彩画」すなわちターナーの絵画のような光景。少女たちのようにざわめく波は楽しげだが、視点は遠く、岸辺から眺めている。

3  花

これは完全な心象風景。温室に咲く菖蒲の花は女、百合の花は男。女の水の中に沈んで男は太陽に照らされない病人のようになる。太陽はその光で夢や幻想を打ち砕く。太陽は二義的である。外界から閉じこもったところで幻想に生きている男が、窓ガラスを壊せと叫ぶ時、その結果はどうなるだろう? 外の空気に、遮るもののない光に耐えられるだろうか? 叫んだ後に男は我にかえる。温室の中が理想郷でなく、外にも耐えられぬことを悟って、祈り泣きながら身を竦めている。

4  夕暮れ

前段の騒がしい日曜日、少女たちが果てもなく遊びにふけり、汽車に乗って郊外に人々が繰り出す光景はすべて過去の思い出。幸せな少女たちの喧騒を遠く眺めながら、聖母に慈悲を祈る視点は、やはり遠い夕暮れの中にある。

大雑把に、夢と花は彼自身を、砂浜と夕暮れは彼が眺める世界を描いている。少女は肯定の対象であり、女に対しては二律背反している。月は優しく、太陽は厳しい。眺める世界には教会や聖母が安寧のモチーフとして現れるが、心象風景では聖杯や聖なるパンは救いをもたらすものとなっていないのは興味深い。

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歯無しの話

数年前に差し歯な前歯の根っこが折れて、抜いてくっつけて戻すというのをやってもらったのですが、やっぱりダメなものはだめで、でも痛みはなくて、変な味がする、と訴え続けていたところ、結局は歯を支えている骨が半分溶けていた、という恐ろしい話。

こんどこそ歯を抜いてもらってただいま仮歯。骨を再建してから、インプラントにできるか検討することに。

最初に折れたときに抜かなかったのは、響きが変わるのが嫌だったからだけれど、こうなってはどうしようもない。

実際抜いてみて思ったのは、私の声はもともとヴェラータ(ヴェールに覆われたような声)なので、あんまり変わらなかった。それよりも仮歯が替わるたびに息の抜け方が変わるので、子音を調整するのが大変。というかちょうど本番が少ない時期なのでよかった。

とはいえ、骨が溶けている間、口から喉が荒れ放題だったので、突然歌うことになったボランティア演奏は。声がちょっとイマイチだったのが残念。

口腔の問題はさておき、それ以外の部分ではたぶん今が一番充実した声じゃないかと思う。コンディションが悪くても、サフォーもディノーラも歌えるし、低音が調整できないことも減った。高音やアジリタは変わらないし、歌曲漬けのおかげで、フランス語の捌きも、レガートも自信がもてるようになってきた。

心配なのは暗譜力が激しく低下してるぐらいかな。

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秋以降の課題

秋以降の課題は、フランス歌曲が「叙情的散文」。ドビュッシー自身が作詞した曲で、ビリティスほど語り中心ではないけれど、実験的な要素の強い作品。オペラはもちろん「ギョーム・テル」マティルド役。あとアリアが「サフォー」「ディノーラ」「ル・シッド」。

フランスものを歌うことは多いけれど、イタリアものを挟まないのは珍しい。

サフォーとディノーラは、自分でアールリリック初演した作品だけれど、アリアだけだとメゾでリリックなサフォー「おお私の不滅の竪琴よ」(役全体だと+ドラマティック)、ハイソプラノでレジェのディノーラ「影の歌」(役全体だとリリック・コロラトゥーラ)、メゾでドラマティックなル・シッド「泣け我が瞳よ」。これを一晩で歌うのはなかなか、ちゃんと調整しないとたいへん。お世話になっている村田健司先生のフランスオペラアリア名曲集ソプラノ2の出版記念コンサートらしいので、がんばらなくては。なぜ2曲もメゾの曲が入っているのは謎だけれど、ドラマティック・ソプラノがレパートリーにしても(特にアリアだけなら)いい曲。レジーヌ・クレスパン様が竪琴を歌っている録音は、やっぱりちょっとソプラノっぽく聞こえるけれど、繊細さがあっていい感じ。私もあんまり重くしないようにしてみよう。ディノラはいつもhigh-Fisのヴァリエーションを歌うのだけれど、今回は出版されたものにする予定。ル・シッドは初めて歌う曲だけれど、ドラマティックで暗いので、声にはあっているかも。

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ウィリアム・テル2020

決まりました

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ビリティスと二つの歌曲

いつの間にか年に3回になったフランス歌曲勉強会。今回はしばらく離れていたドビュッシー、しかも後期の低い曲。ドビュッシーは前期のヴァニエ物しかやったことがないので、かなり新鮮。

ビリティスの三つの歌「パンの笛」「髪」「ナイアードの墓」。1894年に発表されたピエール・ルイスが、ギリシャの女性ビリティスに仮託して書いた詩集。ビリティスの一生を描いた詩集の、これは少女時代。初恋、結婚、別れの時期のもの。

ドビュッシーが作曲したのは1897年から98年だそうなので、発表からすぐ。初演は1900年。ペリアスとメリザンドの初演の2年前。

とても耽美な作品で、大手拓次&西村朗の合唱曲「秘密の花」を思い出しました。ピアノが、ドビュッシーと聞いてぱっとイメージするピアノ曲の雰囲気そのままで、ピアノソロの上に歌が乗っかっている感じ。ちょっと低いけれど歌いにくくはないし、ちょっと難しいけれど悩み込むほどでもない、詩的で歌っていて愉しい曲。

他に選んだのが、ドリーブ「ナイチンゲール」と、マイアベーア「漁夫の娘」。どちらもスパニッシュな香り溢れるしっとりしたシャンソン(なんだか矛盾したような表現だけれど)で、気軽に聞けて聞きがいもあるコンサート向きの曲。漁夫の娘は詩が半分(前半だけ)ハイネ。サザーランドの愛唱歌集からこの二つを選んだのはいろいろ要因があるけれど、私は前打音が好き、っていうのも一つかも。

今回は5曲とも声域があまり変わらないので、落ち着いて歌えます。

テルの準備もしているのであまり大きな声では言えないけれど、オペラより歌曲の方が好きかも、と最近思うようになってきました。

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ウィリアム・テルとその他もろもろ

ブログをサボっている間に夏の夜も北極星も終わって、次の歌曲はドビュッシーの「ビリティスの歌」3曲、ドリーブ「ナイチンゲール」、マイアベーア「漁夫の娘」。案外高音のあった激しくて楽しい北極星から、低音中心の落ち着いた歌曲へ。

それが終わったらいよいよ来年の主催公演「ウィリアム・テル」の準備が始まります。キャスティングはめどがたってきたところ。うちの公演初のフランス語作品で、フランス語版のタイトルは「ギョーム・テル」、ちなみにイタリア語版は「グリエルモ・テル」。

私とテルの出会いはもう10年以上前で、「マティルデとアルノルド」の二重唱をどうしても歌いたくて、イタリア語新訳版の楽譜を無理やり作って、無理やり歌ってもらいました。ほんとうに過酷で楽しい二重唱。その後2017年のガラコンサートでフランス語版のアリアと、「マティルドとアルノール」の二重唱を歌いました。相変わらずエキサイティング。この時はボーカルスコアの校訂譜が市販されていなかったので、旧版。

そしてやっと校訂譜が出たのもあり、ロッシーニのセリアをけっこうやってしまって、できるものが品切れになったのもあり。テルに挑戦することに。

テルは、テル一家(奥さんエドヴィージュと息子ジェミ)と同志たちが、他国の占領軍の代官ゲスレルの圧政に、反旗を翻す革命の物語。その中でマティルドはゲスレルの国の皇女。でも革命軍の一員であるアルノールと恋仲。

というわけで、マティルドは、いつもの主役の時ほど歌わないですが、いざ歌い始めると大変、という役。愛に燃えつつも義務を忘れず毅然としていて、素敵な女性です。最後はちゃんとアルノールと結ばれる、はず。

すでに楽しみにしてくださっているお客様もいらっしゃるとか。がんばろう。

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ベルリオーズ夏の夜まとめ

ベルリオーズの「夏の夜」6曲の歌曲集を2回に分けて勉強会で演奏、来週が2回目です。

1.ヴィラネル (Villanelle)
2.薔薇の精 (Le Spectre de la Rose)
3.入り江のほとり(哀歌) (Sur les lagunes (Lamento))
4.君なくて (Absence)
5.墓地で(月の光) (Au cimetière (Clair de lune))
6.未知の島 (L'île inconnue)

愛と死がテーマになっていますが、1は青春の恋、2は少女の夢の恋、3は死別の悲しみの歌です。

4は、どこの解説を見ても失恋の歌だと書かれているのですが、歌ってみて、和音の明るさに違和感を感じ、もしかして「恋人と(物理的に)離れている」歌で、愛は続いているのではないかな、と思うようになりました。1の可愛い恋人たちが別の街に住むことになった、というイメージ。10代の少年の透明さをもって歌いたい、綺麗な曲。

5は、亡くなった恋人への愛が蘇って、懐かしく嬉しくもつらい、という気持ち。三人称っぽく書かれているところも、もう墓地になんか来ないと言っているところも聴き手を意識したカッコつけで、ほんとうは鳴き続けている鳩が主人公の気持ち。それに応えて月の光とともにあらわれる亡霊との幻想的な逢瀬。漂うように神秘的で、最初はつかみどころがなかったけれど、すごく好きになった曲。

6は、乙女に、あなたはどんな恋がしたいの? でも永遠の愛があるところなど誰も知らないよ、というちょっと辛辣な言葉が、美しい船での航海の比喩で書かれています。ここまでの5曲のさまざまな恋模様を経て、悲しい結末の方が多かったはずですが、恋への希望に満ちた曲。大きな船と大きな海をイメージさせるスケールの大きな表現が必要で、けっこうたいへん。

この曲集を歌うのに必要なのは、とにかく、フレーズの大きなレガートラインの純粋さを保ち続けること。そして混乱し、ピアノとも食いちがっていく独特の拍子感をうまく全体の構成につなげていくこと。どの曲もものすごーく大変だけれど、発声とか表現を見つめ直すきっかけになりました。

次はドビュッシーのビリティスの歌とプラスαで、その次はデュパルクかな?

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北極星といろいろ発見

今回歌うマイアベーア 北極星のアリアは3曲。うち一番難しいのは最後の狂乱です。

このシーンは恋人(ペーテール)が戦場で遊女とイチャイチャしているのを見て、裏切られたと思ったカトリーヌが正気を失い、ロシア皇帝の城に保護され、村の友人たちに囲まれています。そこに懐かしいペーテールの笛の音が!

ということで実際にフルートのソロが入り、それに合わせてカトリーヌは歌い始め、そのうち兄のジョルジュの笛も重なって、フルート二本が入る長大な狂乱のカデンツになります。今回演奏するのは笛が聞こえてからで、歌う長さの2/3はカデンツ、ピアノが入って華麗なアジリタのフィナーレになります。

面白いのはこの曲がディノーラ(1859)の前(1854)に書かれていること。カトリーヌはディノーラと違って強気乙女で、狂乱する必然性はあまりないのですが、長大な狂乱とカデンツが入ったのはきっとそれが流行っていたんだな、と思います。

そして何よりひどいのは、このオペラはシリアスものじゃなくて、一段下のオペラ・ブッファとして書かれていること。そしてディノーラのような軽いコロラトゥーラ向きじゃなくて、ドラマティック・コロラトゥーラで低音も容赦ないこと。マイアベーア はお金と歌手に恵まれて、当時の超一流どころが初演した作曲家です。この役の初演はCaroline Duprezで、オペラ・ブッファ専門の人。Wikiを見る限りはあまり評価された人じゃないしキャリアも短い。高音が特徴とありますが、あくまでブッファに必要な低音を備えた上で高音という武器を持った人、なのかな。当時の歌手のレベルの高さにびっくりです。

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清教徒2019当日動画

Youtube セレンディピティ・オペラ「清教徒」プレイリスト


1幕はちょっとイマイチだったけど、2・3はがんばった。マチネはたいへん。

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